2026年10月20日以降、生成AIはオーストラリアの公正労働委員会(Fair Work Commission、以下「委員会」)の案件で、影の助手として働くことはできなくなった。ChatGPT、Claude、Copilot、Gemini のようなツールで申立書、主張書面、証人陳述書など提出書類を作成、改稿、整理した者は、使ったことと使い方を自ら申告し、内容を自分で検証し、検証を終えた旨を書面に記さなければならない。要件は委員会会長の声明と「委員会案件における生成AI利用に関するガイダンスノート」に明記され、2026年10月20日以降の全ての委員会案件に適用される。これはオーストラリアの労働紛争処理手続に限ったルールであり、同国の全ての裁判所に及ぶものでも、世界共通の規則でもない。
使ったら申告し、どこで使ったかまで書く
ガイダンスノートの第一の要件は開示である。生成AIを使って書類を作成、執筆、編集、その他の方法で準備した場合、その旨と具体的な使い方の説明を委員会に伝えなければならない。委員会が挙げる例には、AIに調査や助言をさせる、事実と証拠を整理させる、音声を文字起こしさせる、翻訳させる、文章を書かせる、文章を編集させる、といった使い方が含まれる。10月20日以降、一部の申立・答弁フォームには生成AIの使用有無を問う欄が追加される。その欄がない書類については、書類の冒頭に注記を付け、AIに何をさせたかを書く必要がある。「本書面はAIの支援を受けた」という一行だけでは足りず、委員会が見たいのは使い方そのものだ。
第二の要件は検証であり、責任をツールに肩代わりさせることはできない。提出者は、情報が正確で、案件に関連し、実在の証拠と実在の法的根拠に裏付けられているかを自ら確認し、その確認を終えた旨を書面に明記しなければならない。理由は率直に書かれている。生成AIは誤った事実、でっち上げの判例、誤解を招く情報、古くなった法令を出すことがあり、委員会に虚偽または誤解を招く情報を提供することは重大な違反である。つまり、AIが存在しない判例を作り上げた場合、その責任を負うのは署名して提出した本人であり、ツール提供事業者ではない。委員会は、生成AIは法的助言の代わりにはならないとも明言している。
証人陳述と代理人には、もう一段の要件が重なる
証人陳述書と宣誓供述書には追加の要件がある。証人または宣誓人は、書面が本人の知識に基づき、本人の言葉を反映し、本人の知る限り真実であることを確認しなければならない。これは最も危険な使い方を狙った規定だ。AIが証人の断片的な話を流暢な証言に整える際、本人が言っていない、経験すらしていない細部を静かに補ってしまうことがある。陳述が証人自身の言葉でなくなった時点で、その信用性は半分失われる。
弁護士その他の専門代理人へのハードルはさらに高い。生成AIを使って準備した書面で判例法に言及する場合、その判例へのハイパーリンクを付け、委員会と相手方当事者が原文を直接確認できるようにしなければならない。方向性は太平洋の反対側と一致する。弁護士にAI引用の本人検証と裁判所への開示を求めるカリフォルニア州の SB 574 も、検証義務を実務家本人に固定している。違いは、カリフォルニアのルールが州法であるのに対し、オーストラリアのこちらは単一の審判機関による手続指針であり、拘束力は委員会手続の当事者と代理人にのみ及ぶ点にある。
従わなかった場合の代償は三つ明記されている
この指針は丁寧な呼びかけではない。要件に従わない書類は、証明力を低く評価されるか、まったく考慮されない可能性がある。委員会が違反した当事者に相手方の費用負担を命じることもあり、申立の段階では案件自体が却下されうる。弁護士を付けず自ら出廷する当事者にとって、この三つはいずれも重い。生成AIに頼らなければ申立書を書けない人が少なくないからだ。指針は利用を禁止してはいないが、「使ったら認め、書かれたものを確かめる」ことを手続上の門槛に変えた。越えられなければ、書いた労力は無駄になりかねない。
見落としやすい関門がもう一つある。プライバシーである。委員会は、自分や他人の個人情報、案件の秘密情報を公開の生成AIツールに入力しないよう注意喚起している。入力した内容が私的かつ安全に保たれる保証はないからだ。労働紛争のファイルに多いのは、まさに賃金、解雇の経緯、健康状態、社内メールといった機微な資料である。使う前にマスキングすること、法令を引用するならオーストラリア連邦立法登録簿で条文原文を確認すること、判例を引用するならその事件が実在するか確認することは、提出前の最も基本的な自前の点検順序だ。
オーストラリアに従業員を抱え、不当解雇などで委員会案件に直面しうる企業も同じである。従業員や外部アドバイザーがAIで答弁資料を準備すること自体は禁じられていない。しかし開示、検証、秘密保持の三点は事前に処理フローへ組み込んでおくべきで、委員会の入口で「どの段落をAIが書き、誰が確かめたのか」を誰も説明できない、という事態になってから気づく話ではない。